先日の話の続き。
私が先日考えていたことはカナかな団首領氏が細かく解説してくださっています。捕捉として、リンクについて考える上で役立つ資料へのポインタを置いておきます。ていうか、今久々に「ハイパーリンクをより良い物に」を読んだら既に「へ」って何ですか?
という記述が。Document Fragmentについてのツッコミも入っていますね。
そういえば、「続きを読む」ってどうなんですかね。「この文章の続き」の方が適切っぽい予感。そもそも「続きを読む」って何でマークアップするんだろう。p要素かな? 今まで書き手が主体の文章を書いてきて、今度はいきなり読者が主体の文章が現れるのは不自然だと思うんだけどな。それとも、書き手が続きを読むのかな。謎だ。
<h2>今日の日記</h2>
<p>寒いので温泉に行きたい。</p>
<p>続きを読む。</p><!-- 誰がだ!? -->
<h2>今日の日記</h2>
<p>寒いので温泉に行きたい。</p>
<ul>
<li>この文章の続き</li>
</ul>
よく考えればa要素がないと文章として成り立っていない前者の例は論外なんじゃ。
「ホームへ戻る」はa要素の内容としておかしいと考えられます。
「ホームへ戻る」をa要素の内容とした場合、href属性により関連づけられたリソースが「ホームへ戻る(に関する情報)」になります。本来は「ホーム」そのものとの関連づけを意図しているはずなので、明らかに異常です。同様の例として、「ホームへ」でも「ホームへ旅立つ」でも「ホームへのリンク」でも同じ議論が可能です。
これは、ブラウザの動作とは違うレイヤーの話です。
a要素内の文字列は対象物そのものであるべきだと言えます。
リンクについて、もう1つ違うレイヤーでのお話。
「本文へ(進む)」や「ホームへ戻る」、「続きを読む」というアンカーは一見文章に見えますが、本質的には違います。これはボタンであり、ユーザーが操作する、という点でブラウザの「進む」「戻る」などと本来は同じものです。
ですから、これらをHTMLに(無理矢理)埋め込む場合、書き手主体の流れに突然、ユーザー主体のボタンが現れることになります。ボタンであるため、これらのアンカーはアンカーとして動作しなければ行けません。逆に、これらのボタンがアンカーでは無くなってしまうと、文章主体で制作したHTMLでは本来ありあえない、流れ的に前後が繋がらないトンチンカンな文章になってしまいます。これがよく考えれば
と述べた理由です。a要素がないと文章として成り立っていない前者の例は論外なんじゃ。
……書き殴りばっかりでなんか論点がわかんなくなってきた。
問題なのは格助詞が最後に残ることや、文章だからではありません。
「ハイパーリンクをより良い物に」がアンカーの文字列として問題ないのはこれが名詞だからです。文章のタイトルですので対象物そのものです。
また、うーん、「ホームへ戻る」などの文章を認めないのかなあ。
という文章がアンカーの文字列として問題ないのは、このフレーズが文章の内容を端的に表しているからです。要約も対象物そのもの(に近い)に成り得ます。
しかし「本文へ」は全くのからです。「本文」の内容を端的に表してもいませんし、タイトルでもありません。「本文へ」が表すものはブラウザの動作か、ユーザーのしたいことか、なにか違うことです。
日本語のトップページ作ったの誰なんだろう。機械翻訳ではなさそうなんだけどな。
とりあえず、「ニウス」と「チイム」は直した方が良いな。