スタンフォード病院のERに3時間いるといくら掛かるか

請求書の写真
金額が大きいのでドキッとする請求書

もう2年ほど前になるが、ロードバイクから転倒して病院に行くことになった。同僚と医療保険の話をしていてふとその時のことを思い出したので、よく噂になる「アメリカの医療制度」の一例として記憶を残しておきたい。

自転車で転んだ

話は週末のサイクリング中に、ロードバイクから転倒して顔面を強打したところから始まった。記憶が無いので原因は定かではないのだが、後方を走っていた同僚のアクションカメラが捉えていた映像を見るに、ゆるい下り坂のカーブで路肩側に逸れてしまい、そのままロードバイクごと前転して顔面から地面に着地したらしい。幸いなことに、ヘルメットとサングラスをしていたので大事にはいたらなかったものの、一瞬意識を失い、ついでに前後の記憶も失い、顔の下半分が傷だらけで血まみれになってしまった。事故直後は頭を打った影響か、かなり混乱していたらしい。ありがたいことに骨折のような大きな怪我が無かったので、同行していた同僚たちの助けられながら、救急車を呼ばなくてもなんとか家まで帰ることができた。

家に着いてから気がついたのだが、特に顔面の傷は酷い有様で、途中ですれ違った人たちが自分の顔を凝視してきたのも無理もない状況だった。帰り道に薬局(CVS)で買ってきたジェルバンドエイド(顔なので傷が残ると嫌だなぁというせめてもの気持ち)を顔中に貼りまくりながら、ふと「これはもしや後から内出血とかで死ぬやつか」という疑惑が頭を過ぎった。首も痛いし、これは念のため専門家の意見を聞くべき状況なのではないか。

アージェントケアへ

カリフォルニアの場合、土日は普通の病院がやっていないので、アージェントケアと呼ばれる病院に行くことになる。アージェントケアは、日本で言う時間外診療といった雰囲気で、いわゆる「ER」とは別の枠組みになっている。医療保険の観点からも、アージェントケアの支払いは普通の病院並みの支払い、ERの支払いは特別料金という区別になっている事が多い。そのため、休日に怪我をしたからといっても、いきなりERに行くのではなく、最初はアージェントケアに行って様子を見ると、医療費を節約することができる。

筆者の場合、当時は独身だったので、自分で近所のアージェントケアまで車を走らせることになった(あとでドクターに言われて気がついたのだが、意識を失うかもしれない状況で危険なことをしてしまった)。病院では普通に受付を済ませて(医療保険について聞かれる)、呼ばれるまで待合室で待つことになる。その日は比較的空いていたらしく、少し待つと診察室に呼ばれて、看護師とドクターからそれぞれ問診を受けた。とはいえ、「気を失いました」と言った時点で「それじゃぁCTを取らないとだからスタンフォードのER行ってね。ここには設備がないから」とER行きが決定してしまい、アージェントケアでは何も処置を受けることなく終わってしまった。

この時点で、医療費に関しては心の準備が必要になる。おそらく数十万円コースだろうという思いが頭をよぎる。

スタンフォードのERへ

アージェントケアからスタンフォード病院までは、車で数分の距離だった。しかし、さすがにスタンフォードの病院というだけあって病院自体が非常に大きく、選んだ駐車場が悪かったのか、ERにたどり着くまでに病院内で軽く迷子になってしまった。しかも、ようやくたどり着いたERの入り口はなぜかそこだけ警備が厳重で、空港で見るような金属探知機を通った上で、警備員が都度カードキーを使ってドアを開けないと中に入れないようになっていた。おそらく訳があってそうなっているのだろうが、その理由はあんまり考えたくない気もする。

ところで、ERといえば、ドラマ「ER」で見たように、大怪我をした患者を載せたストレッチャーが常に行き交っている姿を想像していまう。しかし、ドアを通って実際に入った部屋はただの薄暗い待合室で、すくなくとも普通の患者から見える範囲にそのような光景は展開されていなかった。受付を済ませると(医療保険について聞かれる)、看護師になんとなくトリアージ感が漂う問診をされた。途中で「首が痛い」と言ったところ即座にギプスをはめてくれる。処置が迅速で素人ながらなんとなく感心していまう。

問診が終わると、処置室に案内されるのだが、そこはなぜかテントのような施設だった。処置室に到着すると引き継いだ看護師に再度様態を確認されて、それから再び検査室に移動して、CTとレントゲンを撮影した。病院内の移動は、念のためなのか車椅子で、すべて看護師が押してくれた。院内はどこも静謐な雰囲気で、それなりのホテルのようだった。

レントゲンを撮影し終わると、あとはひたすら処置室で放置された。経過観察のために時間をとっていたのかもしれない。携帯電話の電池が切れかけた頃に、ドクターが現れて症状の説明をしてくれる。幸いなことに、鼻の軟骨に少しだけヒビが入った以外は特に問題無しとのことだった。「鼻が高くなるチャンスですね」と言ってみたらちょっとうけたので良かった。

その後は再び看護師に交代して、バンドエイドを新しいものに貼り直してくれた。「これぐらいなら縫わなくていいね」とのことだった。首のギプスも結局外されて、新しいバンドエイドと塗り薬だけもらって帰宅することになった。カリフォルニアの病院の場合、請求書は後から送られてくるため、当日はそのまま帰ることになる。滞在時間は3時間弱だったろうか。

16万円の請求書

忘れたころになって、保険会社から請求書が届く。自己負担額は合わせて16万円ぐらいだった。レントゲンとCTとバンドエイドと塗り薬で16万円を高いと見るか安いと見るかは判断が難しいところだ。個人的には、万が一を考えれば、死ぬよりはマシな出費だと言えるとは思う。

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非常にざっくりとした請求書

数枚の請求書(同じ病院内でも一括会計とならないらしい)を合わせると、定価だと総額200万円以上の費用がかかったようだ。保険会社と病院との契約(いわゆる「ネットワーク」関係)によって、それが約110万円までディスカウントされて、そこから最終的な自己負担額が計算されているらしい。

海外旅行中などに無保険の状態でERに行ってしまうと、おそらく最初の200万円がそのまま請求されるものと思われる。今回のような検査だけでも200万円なので、もし手術や入院に至ったらと考えると、無保険状態での米国入国は避けたほうが無難であろう。

請求書の内容は、金額を考えるとなかなか大雑把な感じで面白い。項目が「Hospital Misc」「Laboratory」「Radiology」「ER/Clinic/Misc」「Out PT Care」しかない。なんとなく、CTとレントゲンが高かったことだけは伝わってくるが、一般的にみんなこれで満足なのだろうか。ちなみに、10分もかからなかったアージェントケアの費用は3万円ぐらいで、自己負担額は1500円ぐらいで済んだ。

健康保険と生活

カリフォルニアの健康保険は多種多様で、今回筆者が払った金額は実はあまり参考にならない。実際に払う金額は、保険会社やプランによって大きく異なってくる。たとえばKaiser PermanentなどのHMOプランであれば、使用できる病院が限られるものの、もっと少ない自己負担で済んだかもしれない。筆者が加入しているプランは別会社のPPOなので、比較的自由に病院が選べる代わりに、多少割高になる(HMOだと日本語が通じるドクターを選べないことがあるので、家族の英語に自信がない場合はPPOを選ぶことになりがち)。また、同じ保険会社でもプランによって自己負担額の割合や上限も変わってくるし、雇用主によって選べる健康保険が異なってくるため、人によって払う額はそれなりに違ってくるものと思われる。

また、16万円という額だけを見ると高額だが、大抵は年間の自己負担上限額が数十万円に設定されているため、通常の怪我でいきなり破産する、といったことは無い。1年間に大きな怪我を何回もした場合、日本よりも最終的な負担額が安く済むこともあるかもしれない。

とはいえ、週末のスポーツで少し怪我をしただけでいきなり数十万単位の出費になりかねない、というのはなかなか心に来るものがある。スキーをするにも、サッカーをするにも、頭の片隅に「これ途中で怪我したらどうなるんだ?」という思いが頭をよぎる。健康保険は基本的に雇用主によって提供されるため、現地採用の人にとっては、(COBRAのような制度はあるにせよ)職を失うことに対するプレッシャーもかなりものものだろう。アメリカ人はみんな強い心をもって日々生活しているのだろうか。怪我をして職を失ったら、と考えるとなかなか怖いものがある。実際に何人かに「実際のところどうなの?」と聞いてみたところ、大抵は「こればっかりは運や」みたいな回答だったので、みんな深く考えないようにしているのかもしれない。

なお、その後、スタンフォード病院からは定期的に寄付のお願いが送られてくるようになった。